熊倉隆敏『もっけ(勿怪)1』アフタヌーンKC,2002

もっけ(勿怪) 1 アフタヌーンKC

静流、オメェは皆の見えねェモン見ちまう。そりゃな別に悪ィ事じゃねェんだ。ただ、人を驚かしちまう、怖がらせちまう。お友達から嫌われたかァねェだろう?だからな、静流。見えたモンは家の人間以外には一切・・・話しちゃあいかんぞ・・・。

本屋で"京極夏彦っぽい雰囲気"を感じて購入しました。

一話完結形式です。怪が見える(見鬼)という姉・静流と、怪に憑かれやすい(憑坐)くせに脳天気な妹・瑞生を中心に、怪と関わる彼女達の心情を描くストーリーです。京極堂もとい、姉妹の「お爺ちゃん」は拝み屋で、しばしば怪を祓ってくれます。頼りになるお方。怪が出てくるとはいっても、基本的にのほほんとした雰囲気の漫画です。

妖怪をモチーフにしたストーリーは、京極先生が始めたわけでもないのでしょうが、最近、京極先生ばかり読んでいたので、ちょっと意識してしまいます。

例えば、もっけ第5話の「スダマガエシ」には、荘子の寓話『罔両問景(もうりょうかげにとう)』が出てきます、これは京極夏彦の『魍魎の匣』でご存知の方も多いはず。また、コミックの最後の方には、京極堂シリーズではお馴染みの鳥山石燕『画図百鬼夜行』の挿絵も入っています。これに関しては、石燕の本が使い易いということで、偶々、もっけ京極堂も採用した可能性が高いですが。

ところで京極堂シリーズは、"キャラ萌え"小説のひとつとして語られることが多いような気がしますが、もっけも基本は"キャラ萌え"です。と個人的には思います(でもみんなそう思ってるはず!と言うかこの場合は意味が異なってくるか?)。しかしながらそれだけじゃなく、ストーリーはかなりきちんと作られていて読み応えはあります。萌え要素のみで突っ走ってるわけではないのでご安心を。

自分は他者との関わり合いの中で生まれてくる・・・。多くの他者があっての自分だろ。そこが抜けてるなんてな・・・全く罔両(もうりょう)みてェじゃねェか。

じ、爺ちゃん、カッコイイ・・・!

(追記)
こんなページ見つけました。「もっけ」とは、物怪と同義みたいです。勿怪という書き方もあるんですね。